TMNG

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ともなが
TMNG
出典DISCOVERY4, COAT, 2002
TMNG.jpg
COAT
本名 友永大地
学歴 立教大学卒
職業 銀行員(三井住友銀行)
代表作 DISCOVERY4
役柄 素人
関連人物 HTN
Webサイト Facebook
備考 香川県出身

出演作[編集]

概要[編集]

HTNの先輩。黄色のジャージが特徴。DISCOVERY4にてHTNの相手役で登場し、双頭ディルド等のホモ行為をしていた男であった。 …が、実はこの男、友永大地と言うHTN同様立教大学出身だった事が発覚。身長180㌢だからビデオの自己紹介と一致、さらにHTNと同じ会社に就職し、HTNと同じクラブチームで野球までしていた事も明らかになった。HTNとカップルの可能性もありうる…!?ちなみに自己紹介ではアメフト部所属で、アメフト歴は小学校以来の約10年。

しかし、2011年3月15日にFacebookに登録(Daichi Tomonaga)し、2012年7月20日に結婚したことを報告している。羽田野祐介さんは捨てられたんですかね…?Facebookには大胆にも背番号7のシャツを着た後姿の写真が掲載されている。

立教大学野球部部員として[編集]

外部リンク「4年生の大学通算成績」より

友永 大地 背番号7 右投げ右打ち  サード、ファースト、セカンド
54試合 128打数 31安打 本塁打2 打点14 打率.242

高校時代は甲子園に出場。5番に座る大型セカンドとして、注目された。立教に入学してからも期待され、1年生から途中出場などで2試合3打席起用されると、2年ごろから起用の頻度は高くなっていった。2年春は3試合7打数2安打でまずまずの成績をおさめると、秋には6試合9打席に起用。2安打ながら3打点とその存在感を大きくアピールした。特に延長戦にまでもつれた慶應戦では、代打でサヨナラヒットを放ち、立教ファンの間では「勝負強い友永」のイメージが定着。翌年のレギュラー獲得に向け大きく前進した。

その予感通り、3年生になるとレギュラー獲得。セカンドには多幡が起用されたため、サードへコンバート。立教ファンのイメージとは裏腹にチャンスに倒れることもあったが、打ちまくり、3番に起用されることもあった。この3年春のシーズンは打率.357、5打点、ホームラン1本という好成績をおさめた。ベストナインは逃したが、東京六大学野球連盟のHPが主催する「ファンが選ぶMVP」のレースでは早稲田の鳥谷に次いで2位を争うほどであった。

しかし、この年は、慣れないサードでやや守りづらそうにしており、エラーはつかなくても失点につながるプレーもあったため途中交代されることも時々あった。その打開策として、秋には斎藤監督はファースト友永、サード比嘉というコンバートを実行したが、今度はサードの比嘉がエラーをしたりで、思い通り機能しなかったため、また元に戻ったこともあった。3年秋のシーズンでも.292となかなかの成績をおさめていたが、途中交代やスタメン落ちは相変わらずあり、どうもベンチからの信頼は獲得しきれていなかったようだ。

4年になり、坂口新体制でも攻撃の中心に据えられるものの、途中交代の割合はさらに増えていった。前半戦は打撃好調で、特に毎試合のように打点を挙げ、友永健在を大きく印象付けたが、シーズン中盤以降は失速。打率は。205と低迷した(それでもホームラン1本を放っている)。また、優勝争いの決定戦とでもいえた明治二回戦では、勝ち越しタイムリーとなるようなセンターへの強烈な打球をファインプレーされるという不運もあった。試合後半になると1つ下の長嶋が起用されたりすることが多かった。

ラストシーズンになると、サードの守備争いはすっかり混戦模様となってしまった。1つ下の長嶋、福島、あるいはショートを守っていた有留などが起用されることになり、友永はベンチを温めることが多くなってしまった。ただ、以前に比べると守りづらそうにはしていないように感じたので、この起用は正直意外だった。仮にまだまだ守備で課題があったとしても攻撃優先で友永を起用すればいいのに…、と。実際にそのような友永起用論はネットの世界では声高に叫ばれていた。

*しかし、今改めて友永の成績をみると意外と斎藤・坂口両監督は友永の攻撃力も不安視していたのかもとも思う。それは三振の多さ。2年春は凡退5のうち4三振、2年秋は凡退7のうち4三振、3年春は凡退18のうち10三振、3年秋は少なく凡退17で6三振だが、4年春は凡退35で16三振、4年秋は凡退12で5三振。つなげる野球を掲げていた両監督にとって、一発は魅力だけれども、この三振の多さは気になっていたのかもしれない。打席ではそんなにブンブン振り回している感じがしなかったので、改めてこの数字に気付いて驚いた。

長打が期待でき、タイムリーを放てば塁上でガッツポーズ、守備ではスタンドにいても声が聞こえるほど元気な友永。投手が自滅すると守備上で腐ることもあったが、感情がストレートにあらわれる選手が少なくなっているなかで、貴重な存在だった。友永の思いが顕著にあらわれたのが4年秋の早稲田戦。チームが意外に勝ち星があげられず、苦しんでいたこのシーズン。早稲田2回戦も敗色濃厚な展開に代打で出場。早稲田宮本(だったか?)の投球に詰まらされた打球だったが、チームの流れを変えるという気持ちを強く持ってバットを振り切った。結果として、打球は投手後方のボテボテのあたりだったが内野安打。まだまだ試合は終わらせない!たった1本のヒットだったが、チームの雰囲気を変え、立教応援席を勇気付けるヒットだった。

入学からいいペースで台頭したが、レギュラーをつかんでから苦労した選手だった。
ちなみに、現在1年生の鈴木雄太が公式HPで「友永さんとラストクリスマス(月9ドラマ)を観ること」がマイブームと語るなど、後輩の面倒見の良さとお茶目な一面を垣間見えるエピソードもある。

台詞[編集]

ちょっと練習中コソっと・・・なんて言うんすか・・・自分の時間があって
そん時にこう・・・冗談っぽく話してて
どれ位デカくなるか(限界への挑戦)っていう感じで
デカい小さいの話をして
じゃあ・・・見ますか(御開帳)っていう事になって
他にも何人かいたんすけど・・・別に・・・普通・・・
もっと冗談ぽく・・・話を・・・
あっ、そっ・・・まぁそういう感じなんですけど
自分は小学校5年の時です(告白)
友達ぃ・・・とぉ、なんかそういう話してて
なんか・・・ヤッてみろって言われたんすよ
絶対いいゾ(MUR)って言われたんすよ、それが、初めてですね
最初はこう・・・シコるって言うよりはシコるんじゃなくて
普通に・・・揉むって感じだったんすけど
そのうちシコることを覚えまして(学習本能)
小5・小6がピークでした
中2の時にぃ、熱で学校を休んだんですよ
そん時にぃ、ちょっと・・・でも大して熱出てなくて
これは記録に挑戦だな(確信)って思って
1日7回、ヤりました(自慢)
初体験は・・・15歳の時ですね、高校1年生の時で
それで・・・相手はその時の彼女で可愛かったんすけどぉ
性格が悪かったんでコイツは絶対犯ってやろぅと思って(下衆)
ヤリ逃げしちゃおうと思ったんですけどぉ
向こうも初めてで、それで中々上手くいかなかったんですけど
逆に捨てられ・・・ましたね・・・(トーンダウン)


外部リンク[編集]

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