サムソンビデオ

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かぶしきがいしゃかいえんしょぼう
株式会社海燕書房
samson bear.png
マスコットキャラクターのクマ
企業・団体の情報
別名
海鳴館(かいめいかん)
所在地
〒110-0015
東京都台東区東上野6-5-8
林ビル2F
設立
雑誌:1982年7月
ビデオ:1985年3月
事業内容
ゲイ雑誌制作
ゲイビデオ制作・販売
代表者
萩原国男
公式サイト
その他は淫夢百科または風評被害を参照

サムソンビデオとはゲイ雑誌「SAMSON」を出版していた海鳴館によるビデオレーベル。海鳴館の拠点は東京都台東区。出演モデルは中年とデブ系であり、特に中熟年ゲイポルノという点では競合が少なく寡占状態である。他社が廃業していく中でも存続し、国内のゲイビデオレーベルとしては最も長い歴史がある。

概要[編集 | ソースを編集]

創刊から中年愛写真集へ[編集 | ソースを編集]

1982年7月にゲイ雑誌「SAMSON」7月号を創刊した海鳴館は、1982年12月号で上野のホモサウナを特集し1983年1月号で浅草ホテルサウナを取り上げるなど、グラビアでは若者痩身体型を載せつつ早くも独自路線を歩み始める。1983年1月特別増刊号として中年・年配写真集『中年愛』を、7月特別増刊号として『中年愛2』を、11月特別増刊号として『中年愛3』を発行し、中年モノの市場を開拓しはじめる。翌年1984年5月には『中年愛4』、10月には『中年愛5』を発行し、中年・太目モノの雑誌という立ち位置を確立する。

写真集からビデオ媒体へ[編集 | ソースを編集]

家庭用ビデオ規格として1975年にベータマックス、1976年にVHSが開発され、規格争いが10年を経て落ち着き、家庭用ビデオデッキも廉価となって80年代半ばは映像媒体への欲求が高まった時期であった。1985年、中年愛写真集で手応えを得た海鳴館はビデオ販売に乗り出す。

1985年3月に中年愛ビデオNo.1『乱れる』、5月に中年愛ビデオNo.2『滴る』、10月に中年愛ビデオNo.3『Dr.中年愛の診察室』を発売し、中年愛シリーズは写真集からビデオにシフトしていった。1985年6月には太目系レーベルとしてサムソンビデオNo.1『三社祭の男たち』が発売されている。中年愛レーベルは1990年に「サムソンビデオ」へと一本化され今に至る。

ビデオ販売初期は、マスターテープを元に6台のビデオデッキでダビングをし、編集部員が自らシュリンク(ビニール袋に入れて熱で封印する)を行うという家内工業であった。お盆と年末年始は徹夜作業だったという。1990年の『男まつり』以降はダビング業者に代行してもらうようになり、徹夜作業からは解放された。

中年愛写真集終了そしてビデオ廉価版へ[編集 | ソースを編集]

ビデオ販売を本格化した海鳴館は中年愛写真集の製作を緩やかにし、1985年に『中年愛6』、1987年に『中年愛7』を発売。1994年の『中年愛8』を最後に中年愛写真集シリーズを終えた。また、ビデオ販売当初は40分15,000円と高価であったが、普及するにつれて10,300円、そして8,000円と価格を下げていくことになる。そのほか、80年代の終わりまでベータ版も作成していたが1990年以降はVHSに統一された。

VHSからDVDへ[編集 | ソースを編集]

時代が流れメジャーな規格もビデオからDVDとなり、2004年5月から新作をDVD、VHSの両形態で発売。近々DVD販売のみになることを告知し、2006年10月以降はVHSを完全に廃止してDVDのみの販売となった。

動画配信へ[編集 | ソースを編集]

2009年10月より動画配信が始まる。これにより廃版であった作品の一部が再度購入出来るようになった。マスターテープを廃棄したもの、使用不可のものについては復刻されていない。

月刊サムソン休刊へ[編集 | ソースを編集]

月刊SAMSONは読者層が高齢であることから他誌の休刊が相次ぐ中で最後まで存続していたが、紙媒体での採算が取れないこと、世界情勢などを理由に2020年6月号をもって休刊した。

ブランド・関連会社[編集 | ソースを編集]

関連レーベルとして、SAMSONの姉妹誌「豊漫」を発刊する紅楓社の豊漫ビデオ、系列のゲイショップ「浅草ブックスマル」によるブックスマル・オリジナルなどがある。豊漫ビデオは60代以上がメインの熟年専、ブックスマルは低めの価格設定で差別化されている。

  • 海鳴館
  • 中年愛ビデオ(廃止)
  • サムソンビデオ
  • 越中ビデオ(廃止)
  • 紅楓社
  • 豊漫ビデオ
  • Bros社
  • BROS VIDEO(廃止)
  • ブックスマル
  • ブックスマル・オリジナル