怪文書:Profile
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Profile
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| 作者 | 変態糞親父 |
| 備考 | 原典は画像で、文字にグラデーションの装飾が施されている |
| 出典 | http://jns.ixla.jp/users/dokatyan2003144/myweb_018.htm (アーカイブあり) |
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幼年期から少年に
1954年4月どかちゃんは、秋田県鹿角市八幡平湯瀬という、温泉旅館の部屋で生まれた、生まれたときは未熟児だったと、母が言っていた。爺ちゃんに風呂に入れてもらっていたら、体中がほうれん草のようにふにゃふにゃになって困っていたんだと・・・そのころから母のお父さんつまり爺ちゃんが大好きで、いつも爺ちゃんの後に着いて歩いていたらしい、そのころから爺ちゃんが好きだったとは、小学校一年の時に、秋田県から岡山県に養子にきたが、今、思うと何がつらかったかと言うと、爺ちゃんに会えなくなる事、一番大好きな爺ちゃんに・・・・!
爺ちゃんと一緒に温泉の大きな風呂に入るのが大好きだった、どかちゃんに取って本当に寂しい時だったと、今思う。
今も夢の中に爺ちゃんが出て来る時があるが、あまり顔を覚えていないのに、爺ちゃんが締めていた、越中褌だけは、鮮明に思い出すことが出来る。その時から大人になったら越中褌を締める事が爺ちゃんにあえるんだと思う様になったみたいだ。いつも爺ちゃんの股座にもぐりこんでは褌をひっぱって遊んでいたみたいな記憶がうっすらとある。
小学校4年生の時に爺ちゃんが、秋田県から岡山に会いに来てくれた、その時は病気であまり元気が無かったが、小学校4年から6年までの3年間は岡山に爺ちゃんが、居たので、とても楽しかった。母も父も仕事に出かけてから、学校から帰って来たら、爺ちゃんが家で待って居てくれて、釣りに行くのが楽しみだった。ある日変な事から、せんずりの話になって、どかちゃんはその時何の事か、解らなかったが、爺ちゃんがどかちゃんの小さな性器をつかんで皮をむいてこすってくれた、その時、体中が電気にあたった様に痙攣し、ちんぽの先から何か得たいの知れないものがほとばしるように出たのを今のように覚えている。それからは、学校から帰り爺ちゃんが亡くなるまで、ほとんど毎日、せんずりを掻いてくれた。
中学校一年の春に大好きだった爺ちゃんが亡くなり、岡山から秋田県まで葬式に帰ったが、夏の暑い一日だった事を覚えて居る。
まだ、土葬だったので今思えば近くに埋葬したのだが、爺ちゃんを山の中腹にある、墓地まで大人達がかついで持って行き埋葬したのを、つい先日のように思い起こされる。
葬式と後片付けが終わり母と岡山に帰って来てからいつもの様な生活が始まった。その数ヶ月後だったと記憶しているが、父の勤務先の社宅の風呂に入っていたら、いつも話をしていたおっちゃんがその時、偶然に風呂には誰も居なかったのが、幸いしたのか、『ぼん、おっちゃんのちんぽ大きいだろう!』と言いどかちゃんの方を向いたらち、勃起したちんぽが見えた。おっちゃんが『ぼんも大きくなったら、こんなちんぽになるんだよ、せんずり掻いておるんか?気持ちえかろうが?』とか言いながらどかちゃんのちんぽを掻いてくれた、そのときから年配のおっちゃんが大好きになったと思われる。そのおっちゃんとは高校3年の卒業まで、ちんぽの掻きあいやしゃぶりあいをした、男色もそのおっちゃんに教えられたと思っている。
そのおっちゃんは大内さんと言い、いまでもはっきりと顔も覚えているが、先日中学校の同窓会で、その大内さんの息子にあったが、大内さんは健在だと言うので、お礼かたがたその同級生の家にお邪魔した。ひさしぶりにあった大内さんは、高齢にもかかわらずお元気で暮らしていた。耳が少し遠い事ぐらいで、どかちゃんの事をよく覚えてくれていた、今87歳になりその当時の事を、同級生が席をはずした時に聞いてみたが、よく覚えていてくれて『ぼんのちんぽをよく掻いてやったよな!』とわらいながら言っていたので、大内さんの事、大好きだったよとしゃべりながら大内さんのちんぽを少し触らせてもらった。『わしは、もうちんぽはたたんよ!』といいながらも、快く見せてくれたので、同級生の帰りが遅いのをいいことに、すこしだけしゃぶってやると、嬉しそうにしておられ